『今日はどんな風にしましょうか?』  - 2016/06

毎日綴る『何気ないこと』たち。




2016年06月29日(Wed)▲ページの先頭へ
みそを作りました。
近所のお屋敷の庭に、
これまた近所の方ばかりが集まって
みそを作りました。
朝6時から、米と麦と大豆を煮て
ミキサーで細かくしたら
塩と麹を混ぜて玉にして、
ここから3ヶ月熟成させます。
写真 1

写真 2

僕も3キロわけていただきました。

食べられるようになるのは3ヵ月後、
その間、30日おきに混ぜるなど、手間がかかりますが
それだけに美味しい。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。








2016年06月25日(Sat)▲ページの先頭へ
成り切っちゃう楽しさ

7月になると、ツールドフランスが始まるので
少しずつ、ワクワクしてきた。
自転車に興味がない人には、なんのことだかわからないから
わかりやすく説明すると、
世界一の自転車ロードレースなのです。

これが、結構あなどれない。
僕は、普段
家から往復10kmの愛宕山しか行かない。
けれども、ツールドフランスをみると
野を超え、山を超え、100kmぐらいの距離を走ってしまう。

要するに、『成り切っちゃう』んですね。
成り切ることが、楽しくて楽しくて
スポーツでも音楽でも
楽しんで、成り切る。
これ、たまりませんよね。(笑)

この、『成り切れる』のが
自転車ではツールドフランスなので
ワクワクしている、という訳です。
選手はいっぱいいるし、
活躍する選手は毎日ちがうので
成り切りたい選手が、どんどんでてきます。

基本、どんな趣味でも
『成り切りたい』というのは、あるはずなんですよね。
仕事も、そうやって覚えた記憶があるので
成り切りの先には、
いい意味での自分らしさがあるんじゃないのかなぁ。
あ〜もっと、いろんな人に成り切ってみたい。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

ツールドフランスをネットで観戦できるサイト
http://www.jsports.co.jp/cycle/tour/




2016年06月24日(Fri)▲ページの先頭へ
フシノキ
nurude11

愛宕山を散歩している人にとって植物観察は、
もうひとつの楽しみでもある。

しかし、この時期になると
フシノキという植物が
ちょうど、蕁麻疹でもできたようになって
かなりグロテスクになる。
これが、鳥肌がたつほど気持ち悪いので
はじめ、なにかの病気だと思って
避けるようにしていた。

気になって、調べてみると
小さなこぶの中には
黒紫色のアブラムシが住んでいて
その状態のものを染料にしたり、
昔の人は腫れ物や、歯痛の薬にしたそうだ。
すると、それまで病気だと思っていたものが、
実は人に優しいものという認識になったからか
印象もすっかり変わってしまった。

たぶん、自分がこれをつかって染物をしていたら、
気持ち悪いなんて思わないのかもしれない。
そういえば、
解釈を変えれば、関係性も変わるって
誰かが言ってたなぁ。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

どうやったら解釈を変えられるのか
これは、もう少し勉強したい。




2016年06月23日(Thu)▲ページの先頭へ
先延ばし
自動車の授業が終わり、次は一時間後だったので
一時帰宅しようと思ったら
ザァーっと、バケツをひっくり返したように
雨が降ってきた。

自転車で来ていたので、少しあわてたけれど、
そのまま2時間ぐらいここでしのいだら
雨はやむかもしれない。

まぁ、それでもいいかと
1時間自習して、1時間教習を受けたら 
ウソのように雨はやんでいた。

もしも、この雨をずっと気にしていたのなら、
とり越し苦労だったろう。
あせって、タクシーを呼んだり
何か余計なことをしていたかもしれない。

2時間後に、それでも雨が降っていたら考えよう。
と、結論を先延ばしにしたことが結果的によかった。

あせるとろくな事は無い。ってよく言うでしょ?
じゃあ、どうしろと?って思っていたよ。

今日の雨から もらった教訓。
あせって余計な失敗をしないためには、
何か、先延ばしにできる口実をみつける。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

めんどくさい時にやる先延ばしは
ついつい 使ってしまいがち。
だけど、それとは違います。


2016年06月22日(Wed)▲ページの先頭へ
テレビを見ない
ご飯にお茶をかける、
そして、たくあんと卵の味噌汁。。

これが飽きないんだよなぁ。
あっさりしているから、というのもあるが
子供の頃から、好きでよく食べている。
とりあえず台所にありそうなもので 
すぐに作れるから、というのもあるね。

栄養のバランスとか、
身体に良いのかどうか わからないけれど、
あっさりしているから食欲がないときでも食べられる。
すばらしいものだけど、難もある、
ピザや焼肉のような ありがたみを それほど感じない。

なんでだろうか?
と、ふと考えた。
これは、気づきにくいことじゃないのかな。
テレビが作る、高カロリーを「ありがたい」とする
価値観というものは、
いつの間にか、当たり前になってしまっている。
商業的には それでいいのかもしれないけど
病気になったり、太ったりしたら
ダイエットしなさいよ的な番組をみて、あれこれ試すのも
どうなんだろうね。うまくいってるのかなぁ。

うまくいっていない人のために考えてみた結果、
大胆なアイデアが浮かびましたよ。
それは、
テレビを見ないこと、です。
ダイエットになるんじゃないでしょうかねぇ
テレビを見なければ、
余計な食欲はほとんどおきないと思うけど、
そうでもないのかなぁ。

僕たちはテレビに毒されているから、
これ、案外いけそうな気がする。
けれども、テレビを見ないって、
ダイエット以上にハードルが高そうだよね。(笑)

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。




2016年06月21日(Tue)▲ページの先頭へ
「楽しみ」が判断を鈍らせる。
雨の日のサイクリングに、傘はささない。

ごわごわするので雨具は装備せずに
まるごしで、濡れながら走っている。
ただ、絶え間なく降る雨に視界を奪われないように
つばの長いキャップをヘルメットの下にかぶって
と、いつもなら そうしている。

今日、家から外にでると黒い雨雲が南のほうに見えた。
風は南から吹いている。

「こりゃ、雨がふるねぇ。。」

犬と散歩している おばさんでさえ察していた。
けれども、ただちに降ってくる訳ではないのだから
降る前に帰ってくればいい。と思い
キャップをかぶらずに出発した。

しかし、山頂で折り返したあたりで
勢いよく、雨が降ってきた。
ドシャ降りだ。
ときどき手でぬぐわないと 目など あけていられない。

いやー、なんとも不便。

どうして、あの時
キャップをかぶろうとしなかったのかと
少し後悔した。

単純に家に帰るのがめんどくさかったからだろうな。
あの時点では、すぐには降ってくるとも思えない。
少しもどるくらいなら、行ってしまったほうが楽だし、
たぶん、大丈夫だろう。
そう思ったに違いない。

それだと、今日のように 
途中から雨が降ってきたときに困る。
そんなことも、わからないのか?と
今、ここを読んでいる人なら誰もが思うことだろう。

そこで、僕が思ったのは
人は、楽しみにしていることだと
衝動的になり、楽観的な行動をとってしまう。

という面がある。

楽しみにしている予定、については
危険に対する問題意識がうすれる。という仮説です。

でも、これ あると思うなぁ。

「楽しみ」が判断を鈍らせる。
この仕組みが わかってしまえば、
備えることもできるんじゃないかな。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。







2016年06月20日(Mon)▲ページの先頭へ
一言添える

写真 1


アイデアが浮かんだので
絵手紙を描いている。

絵手紙の良いところは、
出した人にしかわからない楽しさや、
恥ずかしさがあるところだ。
でも最近 なんとなく、
恥ずかしさを感じなくなってきたような気がする。

これは、
進歩なのだろうか。
成長なのだろうか。
絵手紙を描いて、成長する予定だったのは
絵や字のうまさ、だったはずなのに、 
まさかの、
恥ずかしさをごまかすスキルが身につくとは
思いもよらなんだ。

けれども、これは
一方で大きな収穫だったともいえる。
それは なぜかと言うと、
近頃、このブログに 
モノを書くことが増えている。
内容の良し悪しはともかくとして、
ほぼ日課のように書きはじめたのは
恥ずかしさに慣れた。これが一番大きいと思う。

人前で歌うことが慣れたときのように
逆に前にでてしまいたくなる、あれじゃないのかなぁ。
どうなんだろうな。
よくわからないけれども、

はっきりしているのは、
どうやら、僕は 一通一通、筆で書いて、
そのはがきに添えるひと言を
じっくり考える面白さが好きらしい。

こう書こうか?
いやいや、こう書こう。

言葉を考える時間が、段々と長くなっていく。
一言添えるというのは、
思いついた ほとんどの言葉を捨てる作業でもある。
はがきを受け取った人には、
そこに書けなかった、たくさんの言葉は伝わらない。


僕だけが、そのはがきの情報量を知っている。
だから、楽しかったり、恥ずかしかったりするのかな。
はがきを出した人にしか分からない
密かな愉しみだね。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。



2016年06月19日(Sun)▲ページの先頭へ
創造的妥協?
人間というのは、
自分自身と対立することを
本能的に嫌うようだ。

だから、めんどくさいなー って思ったら
しなくても良くなる理由を
ものすごいパワーで考え出す。(笑)

たとえば、今 僕は
自動車教習所で学科の授業をしているけれど
内容は、昔習った交通ルールの基本的なことばかりだし
ほとんど知っている。
覚えたいところは、
教科書を5分も目を通せば充分だから
聞いていてもつまらない。
こういうとき、
いけないなぁ、と思いつつも
ついつい考え事をしてしまう。
案外、こういうときに
クリエイティブなアイデアが生まれやすいのかもしれない

これを、認知科学では
創造的回避と言うそうだ。
クリエイティブなものだったんだねぇ、回避って。
しかし、物事を前へと進めたい時や、
何か記録に挑戦している時などに
しなくても良い理由なんて創造されても困る。
そういう時にはどうしたらいいのだろう?

回避の反対は何か?というところで
先日もテーマに掲げていた『妥協』をあててみると、
創造的妥協、となった。
ほら、 
なんとなくわかりますか?
妥協するというのは、妥協点をみつけて
なにがなんでも引き受けるということだから、
避けてしまう回避とは、対になる。
(対立とも対になっている)

やはり、ポジティブには妥協がカギだな、と
妙に納得した自動車教習所の授業でした。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

妥協とは前へ進むための勇気!
あきらめるとか惰性とは違うよね。


2016年06月16日(Thu)▲ページの先頭へ
基本に戻ってみる

今年、
うっかり、というには あんまりかもしれないが
運転免許の更新を忘れてしまい
失効させてしまって
今日から、自動車教習所へ通いはじめた
そこで聞いた話しだと、
うっかり失効してしまった人が
毎年何人か来るそうだ。
どうやら、僕だけではなかったと
少しほっとした。

それで、教習は
もう、とっくに知っていることを
教官にあれこれ指示されるだけだろう。と
思っていたのだけれど、
アクセルとブレーキの踏み方とか
ハンドルの回し方とか、
初心にかえってみると、
基本的なところから結構
自己流になってしまっていて、
案外、そうでもなかった。

そして、もどかしいことに
教官に言われても すぐには直らない。
なんとか、意識しながらやっていると
少しずつ できるようになってくる。

運転のしかたも、できりゃあいい ってやっていて
そのうち、それがクセになってしまう、
それがよろしくないのかな?

たまには、基本に戻ってみるのも
いいものですよ。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。



どれも、全部 自分
今日、縮毛矯正をかけに
ご来店されたお客様からのひと言が興味深かった。

5、6年前、初めてご来店されたとき、
「髪が所々傷んでいるから、
状態がよくわからないけれど、
気をつけながらかけてみますね。」と僕が言って、
かけた縮毛矯正が今までの中で一番良かったそうだ。

あんな風にかけてください。とオーダーを受けました。

僕は、ちょっと考えた。
気になったのは、初めて来店した時で、
「よくわからないけれど」と僕が言ったところだ。

よくわからんのに上手くできたのだ。
それが一番良かったと言うのだから、
たぶん運がよかったのかなぁ。

それで、僕は

「あの時は、よくわからず、
  運がよかったとしか言えません。」

と、言ってから

「でも、あれから何が良くて何が悪かったのかを
学習して 工夫を重ねました、
今は、たとえ運が からっきし駄目でも 
きれいにかけられると思います。」

そう言って、縮毛矯正を重ねがけする
新しい方法で挑んだところ、
考えられる一番良い結果にたどり着きました。
まぁまぁ、
何年も改良を続けているのだから、
そうでないと おかしい面もありますね。

お客様は、いつも自分流で染めているので、
髪の状態は相変わらず、
よくわからなかったけれども(笑)
何年ぶりだろうか、
胸につっかえていた物がとれた感じがしましたよ。

よくわからないのに上手くできてしまった僕も、
その後、答え探しに苦悩した僕も、
そして、ようやく答えをみつけた僕も、
役割は ちがうけれど
どれも、全部 今の自分とつながっているって
ちょっと不思議だなぁ、って思いました。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。



2016年06月15日(Wed)▲ページの先頭へ
物事の見え方に思うこと

花が大好きで、
よく花の世話をする人は
きれいな花の部分だけじゃなくて
根っこだとか、鉢のかたちや大きさ、
土の成分とかも見えている。

髪にも、似たようなところがあって、
僕がお客さまの髪を見るとき、
見た目だけじゃなく。
頭皮や、頭蓋骨のかたちも見えている。
髪の量や細さで、
頭皮をめぐる無数の毛細血管が
なんとなく見えたりするのは
髪型も、花のように『生きている』からでしょうね。

そうだった、
髪って花以上に、いろんな要素がありました。

花であるなら、お店に並んでいる
たくさんの中から選べるけれど、
髪は持って生まれているから
ご先祖やご両親とのご縁できまっています。
遺伝で、遠い過去とつながっているんですね。

みんな、見た目だけで比較してしまいがちですが、
太い髪は若々しくみえるし、冬は暖かい。
細い髪は乾くのが早くて、夏は快適。な、はずですよ。
遠いむかし、自然と仲良く生活してゆくには
見た目以上に重要な要素だったような気がします。

ご先祖の生活していた環境に応じて
そうなったとしたら、
その生活に想いをめぐらせてみても
面白いかもしれませんね。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。


2016年06月14日(Tue)▲ページの先頭へ
何もなかったとしても
・何もなかったんだもの。

そんな一日でも、
世界中のみんなが
仕事が終わって、食事して散歩して
風呂に入って寝る。
何もなかったとしても、
使われた食材とか、水とか燃料とか、
これだけで、ものすごいエネルギーだよね。

仕事だって、うまくいかないことがあったり、
食事だって、期待していた味ではなかったり、
散歩したって、雨がふってきたりすることもある。
この欲求不満のストレスも
みんなのを集めたら、たぶんすごいんだろうな。

そして、それを発散するために
遊んだり、話したり、歌ったり、
走ったり、描いたり、踊ったり、するよね。
たぶん、これが一番すごいエネルギーでしょ。

もしも、この世界に神様がいるとしたら、
みんなにストレスかけて、
どれだけすごいエネルギーを発散できるか
試しているんじゃないのかな。

神様、
何もなかった、この日の僕のエネルギーは
何もなかった、とぼやく 
わずか数行の原稿になりましたよ。
僕は、100回に1回、良いのが書けたら充分ですから
たまには『何もなかったんだもの』って
胸を張って言ってしまう日があったとしても、
いいですよね。(笑)

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。



2016年06月13日(Mon)▲ページの先頭へ
1%ぐらいの自分
人間ひとり一人、
いろんな一面をもっているのだから
誰だって、1%ぐらい
すごく良い面を持っていたって
おかしくはないんじゃない?

たいていの人は、ぱっと見るだけでは
まるでルールを知らないスポーツを
観戦しているようなもので
どこが良いのかサッパリわからないけれど、
何年も世間的に付き合いのある人というのは、
良い意味で、その人の良い見方というのかな?
段々と、わかってくることもあるよね。

だとしたら、問題は 外から見ている他人、
ようするに、こちらのピントがそこに合わせられるか
どうかだと思うのだけれど、どうだろう?

良いところにピントが合えば、親しみがわくし、
悪いところにピントが合ってしまうと
その人にケチがついて嫌になってしまう。
だから、頭のなかでピントを合わしてしまう力
ケチをつけない力というのは大事かもしれない。

そして、
良いところにピントが合いやすい人というのが
波長の合う人、ということになるのかな。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

こうして、毎日書いていたら、
自分のなかに わずか1%しか存在しないような
すごく良い自分が、
なにかすごいこと書いていってくれるかも。
確率どおりなら100回に1回だけどね。




2016年06月12日(Sun)▲ページの先頭へ
超ポジティブに生きる方法を考える

写真 1


今日は、超ポジティブに生きてゆける方法を
考えてみました。

先日の『幸福になる方法』では
上手に妥協することをテーマに書いてみましたが
どうでしたか?
お役に立てたでしょうか。
もし、お役に立ってないのなら、
たぶん臨場感に問題があるのかもしれません。
幸福になった状態をリアルに想像する
イメージトレーニングをしてみると
何か変化があるかもですよ。

想像力とか、妄想力って大事だと思います。
なぜかと言うと、実は
この方法も手順が似ているからです。

ちがうのは、臨場感いっぱいに想像するものが
幸福ではなく、不幸というところ。

もし、今 あなたが
実際に不幸な状態であるなら
想像するなんて簡単でしょう。
幸運な方かもしれませんね。

まず、これから起こりうる、最悪の状態を想像します。
何が起きたらまずいですか?
それを、臨場感いっぱいに想像してください。
話しを進めるために できたとします。

そこで、感じた受け入れ難い気持ち、残念な気持ち。
ひどい後悔に襲われたのなら、
それが起きるまえに、どんな手を打っていたら
前もって防げたのか?を考えます。
そして、その答えがわかったのなら、
もう、最悪の事態には対処できますね。

もし、対処法がわからないのなら、
その未来を受け入れるわけにはいきません。
はじめから、その道には進まない選択を考えます。

と言う感じの、
相変わらず極端な思考法ですが
究極的には、こうじゃないでしょうか?
最悪の状態を有り有りと想像して
それでもなんとかなるような 未来を思い描いて
おりこんでしまえる人は
あきらめたり、
悲観的になったり、
しないんじゃないかなと思ってみましたが
どうでしょうか。

不幸なことをイメージするって
ネガティブ思考なんじゃないかって
感じもするけれど(笑)

前向きに生きてゆくのがポジティブ思考なら
こういうことかなぁ。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

想像力を伸ばすには、読書とかラジオかな、
なんか、いろいろ妄想するのも楽しいよね(笑)


2016年06月11日(Sat)▲ページの先頭へ
知らないおじさん
・知らないおじさんとオキシトシン

サイクリング中にチェーンがはずれて
ギアの根元に巻きついてしまった。

これは、やっかいな事になったなぁ。と
首をひねりながら、がんばってみたけれども はずれない。
すると、うしろから
知らないおじさんがやってきて
器用に はずしてくれた。

だけど、チェーンをはずすのだから手は汚れたし、
素手でひっぱったのだから
それなりに痛かっただろうに、
どうしてそこまでしてくれたのか
わからなかったけれど、助かった。

知らないおじさん、といっても
愛宕山でよく挨拶する人だから顔は知っている
だから、困っている僕を見て
手伝ってあげよう。と思ってくれたのかな。

挨拶するってだけでも、ご縁は生まれているね。
今日、ちょっとすばらしいなと思った。

ただ、学生さんの挨拶で、
自転車で走り去る瞬間に挨拶するのは 
もうちょっと手前からにしてほしい、
返す間(ま)がないんだよね。早すぎて。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

オキシトシンというのは、
誰かに何かしてあげたいときに体内で分泌される
ひと言でいうならご縁ホルモンです。
挨拶でもでるし、世間話でもでる。
ラブコールなら、もっとでるかもよ。(笑)
(ご縁ホルモンは僕の造語なのでググってもでません。)


2016年06月09日(Thu)▲ページの先頭へ
敵かな?味方かなぁ?
今日、散歩していて ふと思ったのだけど。

後悔したことをそのままにしておいてよかったぁ…
なんて、あるのかな? ないよねぇ。

だから、自然と
後悔したことを何かに両替してしまうよね。
たとえば、
こうしておけば良かったんだ。という知恵や
今度そうなった時には、
あれを試してみよう。という計画や
どうしたらいいか友達にも聞いてみよう。
という話題(問題提起)とかね。

なんとかしようとがんばってみたけれど
あきらめちゃうことだってあるよね。
いやいや、それでもいいんだ。
両替するのに時間がかかるものだってある。
どうしていいのか、わからず
後悔発生から何年か経って、
やっと解けるものだってあるだろうし、
無理はしなくてもいいと思う。

ただ、嫌な記憶はそのままにしていたら
精神的にはマイナス要素で、
負債をかかえているようなものだけど、
いっぺん、両替しておけば、希望に変わるのは
不思議だな、後悔ってなんだろうな?って思った訳ですよ。
敵かな?味方かなぁ?ってね。

なんだか、
敵のふりした味方って気がしなくもないのですが、
どうでしょうねぇ。(笑)

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。



2016年06月08日(Wed)▲ページの先頭へ
食生活改善推進員さんの活動

今朝、
頭にバンダナを巻いて、エプロンをして、
ペットボトルに味噌汁をつめて
近所の公民館へ行ったのは
食生活改善推進員の方がやっている
料理教室に参加してみたかったからだった。

写真 2

みんなで料理をつくり、みんなで食べて
みんなで片付ける。
単なる好奇心で参加したが、
おじさん達は料理に参加せず、
栄養士さんの話しを聞きに行ってしまったので
料理の男子は僕ひとりだけで、少し心細かった。

写真 3

「パイナップルは、どのくらいの大きさに切りますか?」
「小さくね。」
「かぼちゃは、これくらいの圧さでいいですか?」
「もっと大きくよ」

指示は、とんでもなく抽象的で、もはや、神の領域である。
こんな感じで、ドタバタと大勢で作り、
あっという間に食事は完成。

写真 1

たまには、息抜きで 
こういう集まりも いいかなって思ったけれども、
あれだね、
みんな超ベテランの主婦だから、
料理もコミュニケーションもできる人ばっかり
集まっているんだよね。

若い人が参加したら、自分磨きになると思うなぁ。
若い人が誰もいない、っていうね。
これだけのパワーが、もったいないなぁ。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。



2016年06月07日(Tue)▲ページの先頭へ
雨の日のあいさつ

梅雨時期、
散歩やサイクリングする人には試練だ。

散歩するひとも、がんばって傘さして歩いている。
サイクリングする人は傘をさせない。
山を足で走るトレイル・ランニングの人も傘はささない。
僕は一応、雨よけにつばの長いキャップを
ヘルメットの下にかぶって顔は濡れにくくしている。

最近、休まずに走っているから
以前よりも、だいぶ速く登れるようになった。
それでも、自転車で登っている僕の横を
トレランの人が走って追い越して行く、
これがもし、晴れている日なら、
さらにトレランの人を、自転車アスリートの人が
立ちこぎで追い越してゆくこともある。

なんだか、食物連鎖のような
速さのピラミッドみたいになっている。
その人達について行こうとすれば
すぐにバテてしまうから
競争にはならない。
だから、僕は自分よりも遅い人に話しかけて
せっかく山ですれちがう、
ご縁を分かちあうことに時間を割いている。
登りながらでも世間話ができるようになったのは
僕なりの成長と言ってもいいだろう。

そうすると、雨が降っているほうが
話しかけやすい、
「嫌な雨ですねぇ」でもいいし、
「雨なのに来たんですか、すごいですねぇ!」でもいい。
全然見たこともない人でも、一言かけられる。
どうせ、話しても一言、二言だから
ここぞとばかりに話す。

山の中ならではの不思議
雨が、まるで魔法のように ご縁を生み出す。
こういう、ちょっとした愉しみも
雨の日の心を少し明るくしてくれている。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

山を降りると、挨拶が減るのも不思議ですね。


『雨あがる』
ゆうべ、
ひさしぶりにDVDをかりてきて、
『雨あがる』という映画をみましたよ。

なんだか、考えさせられたなぁ。。

はじめは、やさしい気持ちになれて
いい映画だったって思ったけれど
物語を思い出してみると少しずつ『え?何で?』が
頭の中でモコモコと増え始めて、
なんでなんだろうなぁ、って考えて、
何で?の意味がわかると、
改めて、おぉ、いい映画じゃないか。ってなった。

これで、
なんのことだか、わかったらすごいと思うけど(笑)

江戸時代の人は、家に冷蔵庫もない、
洗濯機もない、ネットもないし、スマホもない。
そんなもの無くても
幸せに生きることはできたんだよね。
じゃあ、僕たちは何で買っているの?
なんで、便利なモノたちは 
みんなの家にあるのだろう?と考えてみた。

モノを手に入れるということで得る幸福感は
モノのない時代の幸福感とはちがうんだね。

モノの無い時代の人たちがつくりだす幸福は
今あるものを分け合う幸福、
そう考えると今ある幸福は何だろう?
欲しいものを競争して手に入れる幸福?
あえて別の名前をつけて分類すると
成功と勝利、的な達成感なのかな。
飽きたら次のもの、
もっと機能が良いものや、美観の良いもの
より希少価値があるものを欲しくなる種類の幸福感

それで、はじめて
幸せは成功とはちがう、という認識になった。

昔とくらべたら、
今は本当に物質的には豊かになっている
幸福を追いかける燃料が成功と勝利だとしたら、
ほとんどの人は、じゅうぶんな燃料を持っているの
かもしれないね。

成功と勝利は、たしかに素晴らしいものだけれど、
運の要素もあるから、思ったようになりにくい。
エベレスト登頂とか何かのレースで優勝するとか、
人によっては、がんばっても手に入らないことだって
あるよね。
だったら、そのぶんをいくらか妥協して
分け合うことにも意識を向けたほうが
多くの幸せを獲得できるんじゃないのかな。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

世間話は、
お互いに自分の心を分け合っているともいえそうだね。


2016年06月06日(Mon)▲ページの先頭へ
感謝とご縁
雨の中、愛宕山を登りながら
昨日、ここを掃除していた人を思い出した。

「お掃除ありがとうございます。」
「こんなに綺麗にして、骨がおれるでしょう?」


「落ち葉は雨に濡れると滑りやすくなって
散歩しているひとがよくころぶからねぇ。」

と葉っぱ一枚残さないほど、綺麗に
掃き掃除してくれたのだった。

よかったなぁー、
今日は、あいにくの雨だったけど滑らない。
心のなかで、昨日のおじさんに感謝した。
たまたま、掃除しているところに遭遇して
話しをしたから、感謝できたのかな。
もし、そうでなかったら、
彼が掃除したことにも気づかず
感謝することもなかっただろう。

ありがとう。と
言うひとと言われる人との間には必ずご縁がある。
これは自信をもって言ってもよさそうだ。
あまり意識したこともなかったけれど、
感謝とご縁はつながっているんだね。
せっかくのご縁を、
いろんな場面で素通りしているのかと思うと
もったいないような気がしてきた。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

これから、黒澤映画 『雨あがる』をみます。


2016年06月04日(Sat)▲ページの先頭へ
恥ずかしいことって
僕たちは、基本的に
恥ずかしがり屋なところがあるよね。
恥ずかしい思いをしないように生きてきているし、
親からも恥ずかしい思いをしないように
教育されてきている。

つまり、
恥ずかしい思いが苦手界のサラブレッドなのですよ。

だから、ほとんどの人が
恥ずかしい局面に弱くてもしかたがない。
というのが、今日思ったことだった。

まぁ、大人になって
恥ずかしい思いをしたり、傷ついたりしながら、
少しづつ、慣れていくよね。
そういう風に作られていないロボットのような自分が
自分で作り変えて行く訳だから、
大変なことだけど、
そうやって、成長して
見える世界が開けてくるのかなぁ。

そう考えてみたら、
恥ずかしいことって、全然悪いことじゃないよね。
恥を知らない。のとは違うからね(笑)

こちらにとって、少し恥ずかしいくらいの表現が
相手にとっては、素に見える。
そういうことってないかな?

恥ずかしさは表現のスパイス的なもので、
ちゃんと使えない人は損をしているのかもしれないね。

なんだか、僕もまだまだ、
恥のかきかたが足りないような
気がしてきましたよ。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

何やら 恥ずかしいトーク、
お待ちしております。(笑)





2016年06月03日(Fri)▲ページの先頭へ
幸せになれる方法
・突然ですが、幸せになれる方法がわかりましたよ。
 ウソくさい?ですか、
 まずは、ちょっとだけ信じてみましょうよ。(笑)

まず、どんな幸せを望むのか?思い描きましょう。
どうですか?描けますか?

そして、うまく描けたなら
次は成功について考えましょう。

どんなことに成功したら、その幸せに辿りつけるでしょう?
2億円の宝くじに当選する?
憧れのアイドルと結婚する?

もし、その成功が ちょっと無理だなと思ったら
今度は徐々にレベルを下げて、妥協していきましょう。
妥協しないと幸せには辿りつけません。なぜなら、
世の中の成功と呼べるものの多くは、
妥協したところにあります。
もし、妥協したくないのなら、
その成功は夢のままかもしれません。

2億円の宝くじを妥協して、今の収入をやりくりでOK!
憧れのアイドルを妥協して、そばにいる優しい人でOK!

妥協さえできたら、成功って意外と簡単ですよ。
そこではじめて、幸福と向き合うことができます。
妥協が成功になり、成功が幸福になるんです。

妥協を悪く解釈すると成功することが難しく、
成功に夢を見すぎると、妥協することが難しい。

幸福にたどりつくことの難しさは、
そこの解釈が複雑だからじゃないのか、と
ふと思ったので
ちょっと大袈裟かもしれませんが
書いてみましたよ。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

幸せや成功に必要なのは、
現状の満たされ具合の認識を高めたり、
惚れ惚れしてくるほど、相手の良いところを探すとか
今持っている価値観をすべてぶっ壊して
相手に合わせるというような
妥協するスキルじゃないのかな。



2016年06月02日(Thu)▲ページの先頭へ
コミュニケーションの環境
今日、自転車の途中 何気なく
愛宕山を掃除している神社のおばあさんが
掃除のあと ひと息ついていたので、話しかけて
しばらく世間話をしていたんだけど、
近頃は、ご近所の付き合いが全くなくなって
しゃべる機会が減ったとなげいていた。

それで、ふと思ったのは
僕も そうなんだけど、昔と比べたら
わりと どうでもいい人とは話さなくなっているよね。

人口が減ったというのもあるだろうけど、
一人ひとり、つながっている人の総数は
減っているんじゃないのかなぁ。

携帯やスマホで話すのは家族や友達だけで
用の無い人と無駄話する機会はあんまりない。
近所の人や、毎日すれちがう人と話すのは
めんどくさいと思う人が増えているように思う。

世の中が便利になりすぎて
つながりが減るというのは
逆に、生きずらくなっていくような気がしなくもない。

だから、問題なのは、個々のコミュ力というよりも
環境の問題じゃないのかという気がしている。

でも、コミュニケーションの環境を良くしようと思ったら
いろんな人との
何気ない交流の中で育んだ慣れのほうが、
うまく機能するような気がするんだよね。

環境って、ひとりで作れるものでもないから
コミュニケーションの環境を変えようという人が
ひとり、またひとり、と増えていくのが
理想的だと思うけれど、どうだろうねぇ。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。

とりあえず 今、できるのは 
ここでの問題提起。





おじいちゃんと犬
写真 5

この涼しげなツーブロック・カットの子は
リュウちゃん。

毎日、愛宕山を散歩している。

散髪は、山歩きは暑いので
おじいちゃんが人用のバリカンでしてくれたそうだ。

飼い主さんが亡くなって、
友達だった おじいちゃんが
自転車でとなりの町からきて散歩してくれている。

写真 3

おじいちゃんは途中で帰りたい、って言ってたけれど
何度かきゅうけいしながら、
今日は最後まで登った。

ここまで登るのは たいへん。
それでも、
おじいちゃんの顔がツヤツヤしてるのは、
この子のおかげかな。

今日も、ここへ来てくださって有難うございます。


   


スキマ時間にサロンで染める
所要時間は全部で約40分
☆『ちょこっとカラー』☆
・白髪部分染め
わけめと顔まわりのみ
1080円
へあーぐーぐー 予約制
0982・35・8547



★★★★★★★★★★★★
植物と暮らしを豊かに
雑誌 Botapii [ボタピー]
は毎号、当店で
無料配布しています。
★★★★★★★★★★★★

カレンダ
2016年6月
     
   

アーカイブ
2007年 (1)
1月 (1)
2014年 (54)
9月 (4)
10月 (19)
11月 (18)
12月 (13)
2015年 (89)
1月 (10)
2月 (3)
3月 (8)
4月 (8)
5月 (7)
6月 (5)
7月 (5)
8月 (11)
9月 (5)
10月 (8)
11月 (12)
12月 (7)
2016年 (241)
1月 (6)
2月 (12)
3月 (8)
4月 (14)
5月 (32)
6月 (24)
7月 (21)
8月 (23)
9月 (20)
10月 (25)
11月 (31)
12月 (25)
2017年 (214)
1月 (28)
2月 (28)
3月 (31)
4月 (28)
5月 (25)
6月 (14)
7月 (18)
8月 (11)
9月 (11)
10月 (13)
11月 (7)
2018年 (1)
1月 (1)

アクセスカウンタ
今日:50
昨日:1,522
累計:2,236,175